新渡戸稲造が築いた盛岡とビクトリアの架け橋

願わくは、われ太平洋の橋とならんー。
盛岡市出身で、旧5000円札の肖像にもなった新渡戸稲造氏が、東京大学入学の面接時、英文学を学ぶ動機として語った言葉です。

当時21歳。
現在イメージするグローバル化とはほど遠い、1880年代の日本で、この言葉が出るところ、視野の広さがわかります。
その後、アメリカ人と結婚し、日本人の精神を伝える世界的ベストセラー「武士道」を出版、国際連盟の事務次長を担うなど、言葉通り、国際人としての生涯を全うした新渡戸氏。

本日、10月15日は、そんな盛岡を代表する偉人の命日です。

皆さんは新渡戸氏が、どこで生涯の幕を閉じたか、ご存知でしょうか。

答えは、盛岡市から太平洋を挟み約7200キロ、カナダ・ブリティッシュコロンビア州の州都「ビクトリア」。

ビクトリアは、人口約33万人が暮らす、美しい港町で、たくさんの旅行客が訪れる観光地です。<盛岡市の姉妹都市・ビクトリアの中心市街地の風景>

カナダで開かれた国際会議に日本の代表として出席した新渡戸氏は、会議後に病状が悪化、ビクトリアで息を引き取ったといいます。

これをきっかけに、生誕の地・盛岡市と、終焉の地・ビクトリアは姉妹都市となり、今もなお交流が続いてます。

まさに太平洋の架け橋。

実は、私、数年前にビクトリアに足を運んだ経験があり、その際に新渡戸氏ゆかりの地をいくつか巡りました。

そこで今回は、偉人の命日に合わせ、終焉の地・カナダに残る新渡戸氏の関連スポットと盛岡に残るスポットをご紹介します。

ビクトリアに鳴り響く、友好の鐘

新渡戸氏の没後51年を記念して様々な行事が行われたのをきっかけに、交流の機運が高まり、1985年、盛岡の姉妹都市となったカナダ・ビクトリア。
寒冷地が多い北米の中でも、暖かく、冬季五輪の開催地として有名な大都市・バンクーバーから日帰り旅行できる距離にあることから、日本人にとっても観光地として、そして留学先としても人気が高い都市です。
実際に歩いてみると、そこは絵に描いたような港町が広がっていました。
ハーバーをのぞむ中心部には、主要な観光地が集結していて、昼夜問わず賑わいが絶えません。海のブルーだけでなく、「花の街」の名の通り、街のいたるところにフラワーバスケットや花壇があり、目を楽しませてくれます。

<ビクトリアを代表する観光名所「ブッチャートガーデン」>

<街の中心部に立つフェアモントエンプレスホテル

そんな街の中心部からほど近い静かな公園内に、盛岡市とビクトリアの友情を示す場所があります。
姉妹都市30周年を機に設置された「友情の鐘」です。



 「THE FRIENDSHIP BELL」と刻まれた鐘は、岩手大学の教授が鋳造し、台座はビクトリア側が設計、建設したといいます。
鐘の大きさは直径30センチほど。2つの柱は、盛岡市とビクトリアを意味していて、柱を結ぶ「太平洋の橋」から鐘が吊るされているデザインとのこと。
実物は、周囲が芝生で目立つものがないことからか、思ったよりも存在感がありました。鐘は誰でも鳴らすことができて、高らかな音色がビクトリアの空に響くと、盛岡人として、なんとも感慨深いものがありました。

バンクーバーの大学にある日本庭園「新渡戸記念庭園」

ビクトリアだけでなく、隣町・バンクーバーにも、新渡戸氏ゆかりのスポットがあります。
カナダ有数の名門大学「ブリティッシュコロンビア大学(UBC)」敷地内にある日本庭園「新渡戸記念公園」(NITOBE MEMORIAL GARDEN)。
UBCは、世界大学ランキング2019で37位(東京大学42位)と、世界中から優秀な学生が集まる大学で、大学内にヌーディストビーチ(裸になれるビーチ)があるのが特徴です。実際このビーチを求めてUBCに決める人もいるという。。。
そんなカナダを代表する大学の中でも、新渡戸記念公園は異色の空間。ヨーロッパの敷地にそこだけ日本があるような感じです。
UBCの生徒は無料で入れますが、一般客は15ドルほどの入場料がかかります。
中には、京都を思わせる情緒豊かな庭園が広がっています。
大きな池を中心に、周囲に園路を巡らした池泉回遊式庭園と呼ばれる様式で、石灯籠や茶室もあります。夏には、学生がお茶会をやることもあるとか。

今もバンクーバーで働く、盛岡市出身の阿部譲さんも「カナダという海外の土地なのにその一画だけは日本庭園の雰囲気がしっかりと再現されていて、本当に日本にいるような感覚になります」と絶賛していました。

<庭園の中には新渡戸氏の像も>

そんな新渡戸記念庭園の近くには、人類学博物館があり、トーテムポールが立っています。

カナダ・ブリティッシュコロンビアの特徴的な文化でもあるトーテムポールは、姉妹都市の友好の証として、ビクトリアから盛岡に寄贈されたこともあります。

盛岡市に贈られた「花の街」の文化

岩手公園に立つ、トーテムポールは姉妹都市10周年の1995年にビクトリアから寄贈されたものです。世界的に有名なアーティストが作ったものといい、一番上の鷲は権力・富を象徴。鷲がつかんでいる鮭は、環太平洋地域の人々に重要な食料源である魚をたたえ、手を前に差し出す真ん中の像は部族の長を表現。これは、太平洋の架け橋となって世界の平和を願った新渡戸氏の志を表現するために選ばれた像といいます。

<岩手公園にあるトーテムポール>

同じく1995年には、このトーテムポールが立つ岩手公園沿いの道路がビクトリアロードと名付けられました。

<ビクトリアロードと呼ばれる道路>

この道は、盛岡市役所北側の与の字橋たもとの新渡戸稲造像から、下の橋たもとの新渡戸稲造生誕の地までの道で、バスケット,花壇,案内板などが設置されています。まさに、「花の街・ビクトリア」を表現してるんですね。

生誕の地は、今では”新渡戸緑地”と名付けられた公園に。入り口には「新渡戸稲造先生生誕之地」と刻まれた石柱があり、奥には、新渡戸氏没後50周年を記念し、市民の寄付金で立てられた銅像が存在感を放っています。

 

<新渡戸稲造生誕の地にある銅像>

ビクトリアにある友情の鐘やバンクーバーの新渡戸記念庭園、そして盛岡に残るゆかり地。

新渡戸氏の「太平洋の架け橋になる」という夢は、136年たった今、両市でしっかりと受け継がれています。

盛岡人の我々も、この交流を大切にしたいですね。

まだ、行った事がない方は、ぜひ一度、カナダ・ビクトリアまで足を運んでみてはいかがでしょうか。



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